血に助けられているひとより、苦しめられているひとの方が多いんじゃないかな。
映画館を出て、おそらくヒット中のアニメ映画をみるために連れだって歩く家族を横目につぶやいた。
よくあるヒーローの寄って立つものとなる、あの目に見えない想いなどは存在しないでほしい。現実の場合、そんなものは人をがんじがらめにするだけだ。泥に足をとられて、必死に一歩進めば蜘蛛の巣の糸がまとわりつく。つながりが大事だとか、それがないと早死にだとか、そんなもん知るか。早死にで結構だ。短くても心穏やかに生きたいわ。
どうしたら逃げられる。そればかり考えている。刺激せずに、淡々と。自分を追い込まずに、弱らせずに。まるで、幸せに導いているかのように、必要最小限だけの接触で。どうしたら私の領域を護ることができるか。本当はもっと距離をもっともっと遠くへと物理的に不可能にしてあげたらいいんだ。所有できると思い違いを起こさせたままの距離が悪い。
映画を2本観た。本を読んだ。マイスリーで強制終了をかけて、まっさらな朝を向かえるためにちゃんと投薬も忘れずに。脳機能はだいぶ回復している。いやかなりよくなっている。あとは、自ら抱え込むことをしないことだ。ここまで来たのに。侵させないことに自分の貴重な認知機能を活用させるんだ。ちゃんとわたしがわたしのために生きろ。
コメントを残す