昨日は8時には人間ドックへ。検便は2回分を提出しなければならなかったが、届いていた封書を開けずに前日を迎えてしまい、その日の便はもうすでに流されていた。窓口で今日の分しか採れなかったと伝えた。明日から年末年始休みになるからということで、年明けたら採取して、再度出向くことになった。
近所の検診施設が取れていたので、荷物は最小限、スマートフォンと保険証、文庫本だけを持って出た。待合で本を開くたびに次の検査に呼ばれてしまい読み進めることはなかったけど、細切れにされることで発見もあった。言葉、そのものしか受信できなくても、本は愉しめるということ。手のひらサイズのノートを最近は携行するようになっていたので、このことをそこにメモしておいた。これからは7時間働く暮らしを続けるのだから、何でもかんでも過集中領域までどっぷり浸からないと何もできませんという構えだと、ほんとに何もしないことになる。それはあまりにもだ。つまらない。もどかしい。可哀そう。働いてお終い。なら終わりにしようか。という顛末になることはよくあることだ。病だ。
こまぎれ、小さい、ほんの少し。
潜るのではなく、水面にたゆたう。
みなもに浮かぶものを採取する。
泡、枯れ葉、光、 食べるものもあるかもしれない。
意味をつなげるのは得意でない。感覚をあつめて、世界を配置していく。それだけで満足する。
意味づけは、わたしがしなくてもよかった。これからも、たぶんしなくてよい。
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